法然上人(ほうねんしょうにん)二十五霊場

法然上人二十五霊場である、

第廿四番 金戒光明寺 大本山 京都府京都市左京区黒谷町121

第廿五番 知恩院 総本山 京都府京都市東山区林下町400

へと行ってきました。

※因みに格は、本山⇒大本山⇒総本山

最初に、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)から綴っていきたいと思います。

JR京都駅を降りて、市営バス100系統に乗車して

バス停(岡崎道)で下車し、歩きます。
地図①
画像


・左の掛札は、【京都守護職本陣】

とあります。

幕末の京都は暗殺や強奪が日常化し、手のつけようのない状態になっていたので、

文久二年(一八六二)に徳川幕府はついに新しい職制を作り

京都の治安維持に当たらせることになったのが京都守護職

新選組であったとの事。

十四代将軍徳川家茂から京都守護職を命じられた

會津藩主 松平容保(まつだいらかたもり)は家臣一千名を率い

文久二年十二月二十四日午前九時頃京都三条大橋に到着、

京都所司代・京都町奉行所の出迎えを受け、本陣となった金戒光明寺に

本陣を構えたとの事らしっす。

そして本題の
・右の掛札、【金戒光明寺

法然上人がはじめて草庵を営まれた地です。

十五歳で比叡山に登られた上人が

承安5年(1175年)四十三歳の時お念仏の教えを広めるために、

山頂の石の上でお念仏をされた時、【紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らした

ことから この地に草庵をむすばれました。

これが浄土宗最初の寺院となりました。


※因みに格は、本山⇒大本山⇒総本山


写真番号の場所を記載します。

画像


②山門
画像


画像


階段をのぼりこの山門に来ると

爽やかな風が吹いて、汗をとってくれます。

③山門から御影堂に向かう途中に建てられています。
 勢至丸(せいしまる:法然上人の幼少名)
画像


④手水
画像


⑤御影堂
画像



画像



画像


⑧浅井長政の娘 (ごう)姫の供養塔です。
画像


画像


階段を登っていくと
⑨三重の塔があります。
画像


画像


三重の塔からの景
画像


⑩幕末の会津の戦死者たちが祀られています。
画像


金戒光明寺では、

毎年四月二十三日御忌法要に於いて

法然上人が入滅される二日前、建暦二年(一二一二年)正月二十三日に

筆をとって弟子の勢観房源智上人に与えられた

一枚起請文(法然上人真筆御遺訓)

が一般内拝ができるとのことです。

ここで買ったおみやげは、大方丈『虎の間』に描かれている

虎のタオルです。

このあと、総本山知恩院に向かいます。

南無阿弥陀仏

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック